映画「沈黙-サイレンス-」と、最近の宗教騒動について

遠藤周作原作のこの作品。原作読んだのは確か高校1年の時・・・

何だかいろいろ惨たらしかった、というくらいの記憶しかないんですが・・・

17世紀、キリスト教が禁じられた日本で棄教したとされる師の真相を確かめるため、日本を目指す若き宣教師のロドリゴとガルペ。2人は旅の途上のマカオで出会ったキチジローという日本人を案内役に、やがて長崎へとたどり着き、厳しい弾圧を受けながら自らの信仰心と向き合っていく。スコセッシが1988年に原作を読んで以来、28年をかけて映画化にこぎつけた念願の企画で、主人公ロドリゴ役を「アメイジング・スパイダーマン」のアンドリュー・ガーフィールドが演じた。そのほか「シンドラーのリスト」のリーアム・ニーソン、「スター・ウォーズ フォースの覚醒」のアダム・ドライバーらが共演。キチジロー役の窪塚洋介をはじめ、浅野忠信、イッセー尾形、塚本晋也、小松菜奈、加瀬亮、笈田ヨシといった日本人キャストが出演する。(「映画.com」より)

160分越えというかなりの長尺なんですが、全然長く感じなかったです。

信仰の意味とか定義とか、そもそも、信じることってなんだろう、とか、観てる間、心の奥の方でぐるぐるうにゃうにゃしてました・・・

あと、人を、強い弱いで二元化することの無意味さ。

弱いことを自覚して、告解を繰り返して生きながらえる人の強さ、みたいなこと。


で、奇しくも今、某女優さんが某宗教団体に「出家」して、それがあまりにも唐突だっていうんで話題になってるんですが。

「沈黙」は江戸時代のお話で、宣教師と隠れキリシタンがお上に徹底的に弾圧されて苦しむ、というお話で、これは、現代では新興宗教に帰依する人々が、自分達の正義を確信する格好の歴史的事実なのではないかしら・・・なんて思いました。

なんというか、いかようにでも置き換え可能なんじゃないかと。

「どんな正しい宗教でも最初は受け入れられないものである」

「俗世が我々を叩くのは、真理を知るのが怖いからだ」などなど。

TVとかネットでは、「宗教の自由は憲法で認められているんだからそのことが問題なのではなく、周りに多大な迷惑をかけていることが良くない」というテイで話題になってるみたいだけど、本当のところは

「あ~あ、こんなカルトに引っかかっちゃって・・・洗脳されちゃったんかなあ」っていうゴシップとして面白いんですよね多分。

私は特定の宗教には入っていないけれど、信仰心というものは間違いなく持っている。

そしてそれは、今現在の自分の生活を脅かすような類のものではない。

きっと殆どの人がそうでしょう。ただ意識しているかいないかの違いだけ。


宗教団体に深くはまり込む人のきっかけとしては「現実を直視するのが辛い」から「逃避行動の1つ」として入信する、というのがあると思います。

(「沈黙」でも、農民としての生活があまりに貧しく苦しいため、来世は救われると説くキリスト教が広まったという歴史が描かれています)

辛い時に救ってくれるのが、肉親や友ではなく、ましてや自分の潜在意識でもなく、宗教であるなら、それはそれで1つの巡り合わせなのだと思います。

ですが、個人的には、教組に依存せず、過大なお布施もせず、心の中にある「永遠無限な何か」を信仰して幸せになることは可能だと思うのですが。


みんなが、持っている信仰心を自覚して認めて、普通に話せたら良いのにね。

お金や社会的名声を絡めなければ、「宗教」という言葉はもっと洗われると思います。


そうそう。

この映画には、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」でカイロ・レンだったアダム・ドライヴァー出てた!

なんだかカイロ・レンと被りましたよ・・・今回は司祭役なんで全然キャラは違うんですが、でも、青くて癇癪起こすとこなんか、一緒じゃん・・・と思ってしまいました(σ´Д`)



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