末井昭著「自殺会議」感想

あ、タイトルの前に…
明日4月18日(木)は、上ヶ原公民館レッスンです。
1部、2部ともお席あります!お問い合わせはお気軽にどうぞ。

やっと、体を動かすと汗ばむくらい暖かくなってまいりました。

「呼吸を止めない」「他の人と比べない」この2点だけを守って、あとは自由にご自分のペースで動いてみましょう。


末井昭氏の本は、話題作の、そのものズバリ「自殺」を以前読みまして…

お母さんが不倫相手とダイナマイト心中、ってとても現実とは思えないんだけど、妙にのんびりした筆致で、それが逆に現実感を煽るというか、事実ならこう書くしかないんかな…なんて思った記憶があります。
 (ちなみにこの経験は「素敵なダイナマイトスキャンダル」という本になり、映画化もされています。)

で、この「自殺会議」は、末井氏が様々な自殺関係者(身内に自殺者がいるとか、自殺願望を伴う疾患に苦しんだ過去があるとか)と関わってまとめた本。

物凄く読み応えあります!

大好きな漫才コンビ「松本ハウス」もがっつり載ってて、ただの対談じゃなくて、今の2人の様子も描かれていて読み込んでしまいました…

3人の会話の中で印象的なくだり。長いけど。 

キック (略)誰かが自殺したことを普通に話すって、どういうことですか? 
末井  自殺した人がいると、それを隠す家もあるんですよ。心不全で亡くなったとか。自殺したっていうことを知られたくないっていうことですね。まあ、それはそれでいいんですけど、自殺した人が可哀想だと思って。せっかく自殺したのに心不全にされるなんて。

キック  ああ、なるほど。大きいっすね、末井さんは。

末井  いやいや、亡くなった人に気の毒だなという気持ちがあって。自殺したって聞くと、なんでだろうって考えるじゃないですか。そのことが始まりのような気がするんです。

加賀谷  あの、自殺っていう言葉が含む、意味みたいなものってあるんでしょうか。

末井  やっぱり、自殺するということは、負け組みたいな、プラスのイメージはないですね。人より敏感だったとか、真面目だったとか、優しかったとか、自分に厳しかったとか、そういう面もあると思うんですけど、そういう良い面はあまり言われません。僕も母親の自殺のことは言えなかったけど、出版の世界に入って、表現する人とつき合うようになって言えるようになったんです。 
加賀谷 僕も表現の世界に出て、キックさんと漫才するようになって、まあカミングアウトして、肩の荷がほんとうに降りたような気がしたんですけれども。

キック  最初はやっぱり、隠そう、隠そうとしてたもんね。
 加賀谷  もうこれ、バレたらフィナーレだみたいな、勝手な偏見が自分の中にあったんです。 
キック  統合失調症も、どうしても孤立してしまいがちなところがあるんですね。だから僕らも、統合失調症っていうものが、普通の会話のなかで使えるぐらいのレベルまで、世の中がなってくればいいなって。例えばバラエティ番組に出て、こんな活動してます、統合失調症ですって言っても、オンエア見ると、統合失調症だけがカットされてるんですよ。

末井  ああ……。

キック  で、ほんわり、なんか病気持ってるんだろうな、くらいなところで止めておくんですね。(P48~P49)


加賀谷  僕、一人っ子なんですけれど、当時、父親、母親からもらった僕っていうものがすごい嫌いで、それは漠然としたものとして心のなかにあったんです。お仕事が増えていくにつれて、お笑い芸人で評価していただけるようになって、すっごい嬉しいんですけれども、その評価されている僕は、嫌いな自分なんです。そこの落差が埋められなくて、たとえば、僕がボケて、それでウケているなら、僕は青梅街道沿いに住んでいたんですけど、車の通りが多いですから、もう真剣に車に頭をコツンとぶつけてほんとうの馬鹿になってやろうかな、とか思っていたんですよ。 
末井  それは、なんか、敵対していたんじゃないですか。自分と、自分を取り巻く世界と。 
加賀谷  それもありました。昔はほんと、負の力で生きていたなあって。中卒でグループホームを出て、こういう場でお金を稼がせてもらっていると、偏見で見られるのはわかっているんですけれども、だからこそ負の力でみたいな。ちくしょうとかバカヤローとかって、すごい力を出しやすいんです。ガスタンクに突っ込んで、「みんな死んでしまえ!」みたいな、そういうの簡単湧き上がるし、でもそういうのって力は出しやすいんですけど、自分がからめ取られちゃう。
(P51~P52) 


自殺はダメって、そりゃそうだろうけど、だけど誰か他人が自分の人生を肩代わりしてくれる訳ではないので、自分の人生終わりにしたいって時に引き留められても…っていう気持ちは何だかわかる。

残された人が悲しむから、って言われても「知らねえよ」って思う人の話が出てて、その瞬間はそう思うだろうなあ、って。 
死ぬ勇気があるなら生きろ、っていうのもある意味思いやりのない言葉だし。

末井氏はお二人との対話で、せっかく自殺したのに心不全にされて…って言ってて、この視点は、目から鱗でした。 
自殺という死に方は、逝った方も残された方も悲惨極まりないってイメージがあるけど(現実そうなんだけど…)でも、その人の良い面までチャラにされちゃうのは違うかな、と思います。 

要は、

「自殺行為や自殺願望というものは、決して特別なおぞましいことじゃなく、誰でも経験する可能性がある。 今あなたがそうでないのはたまたまでラッキーなことなんですよ。」という視点が大事なんじゃないかな。 

後者のハウス加賀谷氏の発言は、すごく解りやすくて心にズシンと来ました。

両親からもらった自分というものがすごく嫌いで、だからそんな自分を周りから認められても、自分は自分を嫌いなんだから、自分の中に乖離が起こる。

別に虐待とか、親からの愛情不足とか、そういったことではないと思います。だけどやっぱり親子関係に問題はあったのだろうなと思わされます。

私はコンプレックスをいっぱい抱えた人間だけれど、自分を本気で嫌いになったことはないと言えます。 
それは、自分いちばん、自分大好き!に育ててくれた親のおかげと今は思ってます。

年を重ねると何周もして、やっぱり親の存在は大きいな、と実感します。

感謝ですね。感謝しかない。

で、この本。

北海道のべてるの家の、向谷地生良氏との対話もすごかった。
向谷地さんって精神疾患の当事者たちよりよっぽどロック (ノ゚∀゚)ノ ⌒

自殺の概念変わると思います。おすすめです。




ゆとりらYOGA

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